あいつを意識し始めたのは、ある春の日だった。

思えばあいつはいつも家で本を読むようなやつで、外で遊ぶのが大好きな俺とはまるで真逆なヤツだった。そもそも何で知り合ったかといえば、親同士が仲良くなったからで。スーパーだか公園だかで偶然知り合ったという俺らの両親は、年が近いってだけで俺と修也を引き合わせた。
第一印象はよくなかった。片手に絵本を持って、もう片方の手で親の服の裾を握るような輩とは仲良くなれねぇと子供心に思ったのを覚えている。あの頃のことを、あいつは覚えてるんだろうか。
俺らの両親はよく俺と修也を二人きりにして出かけていった。あいつはあいつで本を読み始めて、俺は俺で○○レンジャーのおもちゃを振り回していた。でも、いつも途中で
「それ、どうやってあそぶの」
と修也が声を掛けてきた。で、最後には二人で遊んでいるという感じだった。

その春の日は珍しく外で遊んでいた。家の近くの公園で仲良く砂の山なんかをつくっていたのだが、急に修也が「ぼく、さくらがみたい」と話しかけてきたのが事の始まりだった。丁度、季節は花見シーズン。テレビでも口やかましく言われていることだから、修也が知っていたのもおかしくはない。
「てれびでね、ぴんくのはながきれいだったの」
「ばぁーってね。とおるくん、わかる?」
目の前で嬉しそうに話し出すあいつに、俺はある提案をした。この公園から少し歩いた川沿いに桜並木がある。そこまで行かないか、と。
あいつははじめ、遠くへと歩いていくことに戸惑っていたけど、桜の誘惑に負けて、行きたいと言い出した。
失敗だったのは、俺がその川沿いへの道をしっかり覚えていなかったということだった。当時の俺はまだ小さかったし、その川へは両親としか行ったことが無かった。いつの間にか見たことも無い道に入ってしまい、俺たちは途方にくれた。
「ここどこ?」
今にも泣きそうな顔で見上げてくるあいつの、震える手をそっと握った。あいつが不安げな目で見つめてくる。
「だいじょうぶ。ぜったいだいじょうぶだから」
何度もそう繰り返して、手を握り締めた。
「ほらいくぞ」
俺が手を引く頃にはあいつは笑顔を取り戻していて。子供独特の湿った手のひらの感触に俺の心臓は高鳴った。
俺だけをまっすぐ信じて握られたその手に、俺は愛しさを感じた。


それが修也に対しての初めての好意だったんだろう。


小学校も中学校も一緒だった。
相変わらず真逆な行動ばっかりだったけれど、もう仲良くできないとは思わなかった。
でも、次の問題が俺を悩ませ始めた。 
あいつが成長するにつれ、際立っていくその白さが。紅く熟れた唇が。すらりと伸びた四肢が。
俺の心をざわつかせた。 それが『恋』というのだと知ったのはすぐあとのことだった。
恋心を意識すればするほど、あいつの側にいるのがつらくなった。
他のヤツと話すな、なんてあからさまな嫉妬の言葉を言いそうになってしまったこともある。

あいつにとって俺は、ただの友達でしかないのに。

俺は明日あいつに告白することにする。
この気持ちを清算しなきゃ、俺はあいつの側にいられない。この前、一緒に帰っていたときに、思わず振り返ったあいつの唇によからぬ思いを抱いてしまった。だけど俺もあいつも男で、ましてやあいつは俺のことを友達だと思っているんだろう。
告白したら...嫌われるかもしれない。

でも、俺はこのままじゃいられないんだ。