「なあ、修也」
「ん?」
「今日さ、俺ん家来ない?」
「...嬉しいけど...部活は?」
「今日は無い。 それにさ、勉強教えて欲しくて、ダメかな?」
「ううん、もちろんいいよ」
「じゃあ、放課後、一緒に帰ろうぜ」
「うん」
僕が笑うと、
「お前、本当に可愛いな」
と言って透君が僕の頭をクシャクシャしてくれた。
「えへへ」
僕らが下駄箱でこんなやり取りをしていると
「朝からイチャつくなっての」
大宮さんが来た。
「ぶ〜、もう行くよ、修也君」
そして、僕のことを引っ張ってクラスまで連れて行ってしまった。
「修也君も嫌がらなきゃダメだっつうの」
大宮さんの声は怒っているようだったけど、顔は笑っていた。
「このバカップル。私がそのうち修也君となるんだけどねぇ」
「大宮さん...」
「あ、そうだ。 思ったんだけどね、私のこと『恵理ちゃん』って呼んで欲しいの」
「恵理ちゃん...ん〜わかった」
「未来の恋人なんだからこういうところからね。そいじゃ☆」 ..恵理ちゃんはタタタと走っていった。


そして放課後
「修也ーー!!」
「透君」
僕らは校門で落ち合った。
「じゃあ、行くか」


「ただいま」
「お邪魔します」
そして、透君の家に着いた...瞬間
「お兄ちゃ〜ん」
誰かが走ってきた。
「うわ、沙織!!」
訂正。誰かなんて言うまでもなかった。
「沙織ちゃん...」
この子は灰谷沙織(はいやさおり)、透君の妹だ。
「あ、あれ、修也?」
沙織ちゃんはひどく驚いた顔をしていた。どういうことだろう?
「どしたの、沙織ちゃん」
僕がそう尋ねると
「いや、こいつが驚いてるのは俺の所為だから」
透君が答えた。
「何? 透君、どういうこと?」
透君のしまったという顔の横で、大層ご立腹という様子の沙織ちゃんが口を開いた。
「お兄ちゃん、今日、『俺の大事な人を連れてくる』って言ったよね。なんで、それが修也なの?」
透君は僕から目をそらした。 ...そういうことか。
「何でそんな事言ったりしたの?透君?」
「いや、それはなんていうか...」
透君は明らかにまごついてる。
「無責任な!沙織ちゃんがこんな事態になって驚かないわけないって事ぐらい考えつかなかったの?」
僕が透君に詰め寄る。透君はじりりと下がる。また僕が詰め寄る。と、誰かにドンッと押された。
「ダメ!!お兄ちゃんを責めないで! とにかくお兄ちゃんを虐めるのはやめてよ!」
沙織ちゃんが僕と透君の間に割って入った。
「あ..」
「お兄ちゃんが可哀想でしょ!」
沙織ちゃんは口をいっぱいに膨らませて、僕を睨んだ。
「いいんだよ、沙織。 修也、行こうぜ」
「ちょっと透君!」
「いいから」
透君は僕の手をとって、二階へと上がる。
「ごめんな、甘やかしてきた所為ですっかりブラコンになっちまってよぉ」
「そういう問題じゃないでしょ。あんなこと軽々しく言っちゃだめだよ。日本じゃ認められてないんだって理解してる?」
「悪い。悪い。でも、さっきは上手く言えなかったけど、家族の前でははっきりしておきたかったんだよ。親に言うのはまだ先で。妹は練習ってとこ」
「とおるくん...」
あぁ、もう。ここは僕がしっかり怒らなきゃいけないところなのに。そんな風に言われたらもう何も言えなくなってしまう。俯く僕の顎に手を掛けて、透君が上を向かせる。そっと透君の唇が触れた。
「ふぁ..とおるく..」
やっぱり大好きなんだもん...。


バッタン


「こーら!!お兄ちゃんに何してんの!」
突然、沙織ちゃんが部屋に入ってきた。
「沙織!!」
コンナコトをしていた僕らはすごく驚いて、透君は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になるし、僕はゆでだこのように顔が真っ赤になってしまった。
「お兄ちゃんに手を出さないで! 男の人ってことは恋人でもなんでもないんでしょ! そうやってお兄ちゃんに変なことするのやめてよ!」
沙織ちゃんは僕と透君を引き剥がそうと、思いっきり僕を突き飛ばした。
「うわっ....!!」
思いの外、強い力で押しのけられ、僕は後ろに吹っ飛んだ。しかも後ろには柱が。ガスッと鈍い音と共に、背中に鋭い痛みが走る。呼吸が少しひくついた。僕はずるずると崩れ落ちる。とおる...くんと呼ぼうとして声が細く掠れた。
「修也!!」
僕は透君に手を伸ばす。透君は僕の側に駆け寄ろうとしたが、それを沙織ちゃんが遮った。
「やめろ。俺と修也が付き合ってるっていうのは本当なんだよ」
透君がそう叫んだ瞬間、沙織ちゃんが泣き出した。
「嘘だもん、お兄ちゃんが男の人とコイビトだなんて嘘だもん。さおり、絶対認めないもん!!」
沙織ちゃんは泣き崩れてしまった。
「沙織...」
「お兄ちゃんのばかぁ。今日来る人がすっごく美人ですっごく頭が良くて、さおりにも優しい人なら認めてあげようって思ったのに。 何で修也なの? 男の人なのよぉ」
沙織ちゃんに泣き止む様子はなく、ひたすら泣き続けていた。
「沙織...」
透君は複雑な顔をしたけど、すぐに沙織ちゃんの側に行った。透君はそっと沙織ちゃんを抱きしめて、優しく頭を撫でた。僕の手は宙を彷徨う。じんわりと背中の痛みが胸に染みてくる。沙織ちゃんは透君の妹だし、わかる...わかるけど。
「お兄ちゃん...」
「悪かったな、沙織。でもな、俺、本当にこいつが....修也が好きなんだよ」
沙織ちゃんは僕をちらりと見た後、気持ち良さそうにニコッと顔を綻ばせた。
「でも!! 修也のことは許さないよ。 ぜぇっったい!!!!」
沙織ちゃんは僕にアッカンベーをすると、外に出て行った。

「大丈夫か、修也」
透君の優しい声。そのとき、僕の中のどこかで  ブチィッ   という猛々しい音が鳴った。
「....別にっっ!!」
僕は透君の手を振り払った。
「修也?」
子供じみた嫉妬心だということはわかっていた。でも、突き飛ばされた僕は後回しで沙織ちゃんを抱きしめたことが許せなかった。背中の痛みが心の痛みを反映しているようで、怒りと悲しみがぐるぐるする。
「おい、修也! どうしたんだよ」
「...僕、帰る」
「修也?」
「もういい! 透君の僕に対する『愛』なんてその程度のものだったんだね」
僕はそのままドアへと向かった。
「おい!! 修也! どういう意味だよ!?」
「僕は妹さんの次! 結局、そういうことなんでしょ!?」

その瞬間

「きゃあああ!!!」
沙織ちゃんの悲鳴が甲高く響いた。


「沙織!?」
透君は僕を押しのけて、真っ先に下へと駆け下りた。
「とおるくんのばぁか...」
誰も居なくなってしまった部屋で僕はポツリと呟いた。結局、妹さんが大事なんだ...僕...よりも。否定してくれることを期待して放った言葉が空しく自分に返ってくる。ぶつけたせいではなく、ひくっと喉が音を立てた。

でも、僕も沙織ちゃんの悲鳴の原因が気になっていたから下へと降りた。帰るのは真相を知った後でもいいや。

下に降りて最初に聞こえてきたのは透君の声だった。
「なんだ、そんな事かよ」
「そんな事じゃないもん」
口論のようにも聞こえるが、透君の声には安心って気持ちがこもっていた。でも、沙織ちゃんは泣いているようだった。

キィ

僕はそっとドアを開けた。
「修也」
一回、深呼吸する。今は怒っている事は忘れるんだ。
「...どうしたの? それとも、僕がこんなこと聞くのは悪いかな?」
僕がそう言うと、透君は笑って
「いや、かまわないぜ」
と言った。今は透君の笑顔を見ても嬉しくない。そこで僕はもう一回深呼吸した。
「いやさ、沙織がペンダント無くしたってんで、騒いでただけ」
「ペンダント?」
透君が僕に説明していると、沙織ちゃんが横から入ってくる。
「ただのペンダントじゃないもん。お兄ちゃんがくれたのだもん」
ひっくひっくと時々言葉を休めながら沙織ちゃんは言った。
「あんなの小学校の時のじゃないか。しかも、五百円くらいの安物だし」
「でも、お兄ちゃんが初めてさおりに買ってくれたモノなんだもん。お兄ちゃん、お金なかったのに、さおりが「欲しい」って言ったら、買ってくれて。さおり、とっても嬉しかったんだよ」
沙織ちゃんは嬉しそうな懐かしそうな笑みを浮かべている。
「....」
透君がくれた大切なもの。目を閉じて少し考える。
「わかった。探してみるよ」
「しゅうや?」
沙織ちゃんは驚いた顔をしている。
「僕、この家のことあんまりよく知らないから見つかんないかもしれないけどさ。大切な物でしょ。だから、僕も見つけたいんだ」
僕はにっこり二人に笑いかけた。もし僕が透君にもらったものをなくしてしまったら、どんな気持ちになるのかわかるもん。
「わかった。探すか」
「お兄ちゃん。しゅうや」


「見つかんないなぁ」
「おい、沙織。どこに置いたかくらい覚えてないのか?」
「ごめん。昨日まではあったの。昨日つけて、外出たから。で、その後どこに置いたんだっけな?」
「...うーん、とりあえず、手当たりしだい探してみる?」
「そうだな。それが一番妥当だな」
「ごめんね。お兄ちゃん.....修也も」
何だか本当にすまなさそうな沙織ちゃんの様子に僕の怒りもだんだん失せてくる。
「僕? 僕のことは気にしないで。勝手に手伝ってるだけだから」
「でも、ありがとう。嬉しかったの。修也が手伝ってくれるなんて」
「いや、そんな...」
沙織ちゃんの素直な台詞に顔が赤くなってしまった。



ぴんぽーん

「だれかな?」
沙織ちゃんがパタパタと玄関へ走っていく。そして、
「ええーーーー!!」
しばらくして、沙織ちゃんの驚きの声...そして、その後、トボトボと肩を落として沙織ちゃんが帰ってきた。手にはペンダントを持って。
「沙織ちゃん...それ」
透君も驚いている。
「..ごめん。昨日ね、これつけて友達ん家に行ったんだけど」
「そのときに忘れたわけだ」
「うん...ごめんなさい。騒がせたのに」
沙織ちゃんはまた泣き出してしまった。
「沙織ちゃん、気にしないでよ。それぐらいよくある事だから。透君も気にしてないでしょ?」
「...ん? ああ」
沙織ちゃんはニコと笑って
「そっか。 ...あのさ、修也。さっきはごめん。さおりね、修也とお兄ちゃんの仲、認める。修也、お兄ちゃんぐらい優しいもん。だから、許す。でも、許したからにはこれからもさおりに優しくしてくんなきゃやだよ?」
沙織ちゃんは、すっかり甘えん坊さんになっていた。
「わかってます」
僕がそう言って笑うと
「修也のその顔好き。大好き。だって可愛いもん」
沙織ちゃんもかわいらしく笑った。
「お兄ちゃんも、修也を大切にしなきゃダメだよ?」
「モチロン!!」
沙織ちゃんは大きくXサインをつくると
「さおり、友達のところ行ってくる。届けに来てくれたついでに、遊ばないかって言われたの。だから、出かけてくる」
また、パタパタと玄関のほうに走っていった。

パタン

色々一段落したので、僕達は部屋に戻った。
「なんだかなぁ、まあ、俺と修也の仲、認めてもらったからいいとするか」
「可愛い妹さんじゃん。僕は好きだけどな」
「..確かに【沙織のことは俺も好きだよ】」
僕はこの台詞で、さっきの怒りを思い出してきた。そういえばまだ色々と解決してない。そう! 悪いのは沙織ちゃんじゃないんだよ。沙織ちゃんはあんなに可愛いし。許せないのは透君なんだ。透君とははっきりさせなきゃ。
「...僕よりもだもんね」
「しゅっ、修也?」
「違うっていうの? そうでしょ。透君は僕なんかより沙織ちゃんのほうが好きなんだよね」
お願い。否定して。醜い嫉妬心が、本当に伝えたいことじゃないことを僕に言わせている。でも、でも、本当に透君が僕よりも沙織ちゃんを好きって言うなら、僕は色々と覚悟しなきゃならない。
「おまえ、何言ってんだよ。修也のほうが好きに決まっ..「嘘つき!!」
一番聞きたかった否定の言葉を、僕の怒声が妨げた。自分のその声にはっとしながら、どうして僕が怒っているのかをわかっていない透君に止めを刺した。
「だって、そうじゃない。僕の事ほっといて沙織ちゃんの所に行くくらいだもんね」
肩で大きく息をした途端、背中が痛んだ。じんわりと視界が滲んでいく。
「おまえ、だってあれは..」
「言い訳なんてもういいよ。もう帰る。本当に帰る。透君なんて大きらっ..
お願い。止まって!
「ふざけんなよ!!」

ガタンッ

自分の口を押さえようとした手が透君に掴まれている。気づくと僕は壁へと押し付けられていた。
「いたっ」
「おまえ、それ以上言うとマジ怒るぞ」
透君は僕の腕を強く強く握った。
「透君、いたいよ。手をはなしっ...」
唐突に透君は僕に口付けた。きつく塞がれた唇で満足に呼吸もできない。
「んっっ...」
「俺、お前の事本当に好きだぞ。沙織とは比べ物にならないくらい。今から証明してやるよ」
「とおるく..」
口付けていただけの唇から舌が入ってきた。下唇をなぞり、歯列を舐め上げて、僕の舌に絡んでくる。触れ合った舌がひどく熱を持っていて、息苦しさを増長する。
「んぁ..くるしぃ..」
「黙れ」
長く口付けていた唇を離すと、そこからは無数の銀糸がたれた。透君は僕の唇についたソレを綺麗に舐め取ると、服を脱がせ始めた。
「なにするの? 透君!」
「証明してやるって言ったろ。とにかく、おとなしくしてろ」
透君の息が耳にかかった。ぎりぎりと腕に力が篭る。
「ひゃう..」
透君は僕のTシャツを捲り上げて、露になった僕の胸を舐め始めた。固く尖ってくる先端を突付かれて、じんわりと快感が込み上げてくる。こんな状況じゃなきゃ素直に喜べるのに。僕は透君の肩を押して体を離そうとする。こんな風にしたくない...!
「とお...あっ..はっはぁ...」
透君は僕のTシャツを腕まで捲し上げてきて、それで腕を縛った。縛られた痛みはないのに、しっかりと腕を固定していてびくともしない。その間も透君は僕への愛撫をやめていなくて、その舌はどんどん下へと向かった。僕のズボンを引き摺り下ろして、出てきた僕のソレを舐めた。
「あん..お願い、透君、やめ...て. っはあ」
そう言っても、透君はやめてくれなくて、それでどころか僕への愛撫が一層激しくなった。僕は怖くなった。今の透君は僕が好きになった透君とはどこか違っていて、僕の話なんかちっとも聞いてくれてなくて。
「とおる...くん..」
僕はぽろぽろ涙をこぼして、透君の名前を呼んだ。でも、透君はそれすら聞いていない様子で僕はたまらなくなって叫んだ。
「お願いっ! 透君、やめてぇぇぇ!!」
僕は上手く動かない手で、叫ぶと同時に透君を思いっきり突き飛ばした。
「修也..」
透君はそれで我に返ったようだった。僕は近くに散らばった服を取って、体を隠した。
「ひどいよ.. 透君。これじゃ、強姦と何にも変わらないよ。透君は僕の気持ちなんていらないの?」
涙だけは堪えたかったけど、上手くいかなかった。泣かないようにしようとすると、余計に涙が出た。

「修也!!」

透君は僕の側に駆け寄ろうとした。そんな透君の横を避けて、僕は家から出てった。

部屋に透君一人残して