ジーワ ジーワ ジー

何て名前だったかは忘れちゃったけれど、僕の頭の上で蝉が鳴いている。今日はまだ初夏なのに、天気予報では「真夏日」並みの気温になるそうで。蝉もこの木陰で休みたいってことかもしれない。
僕は時計を見た。約束の時間を5分回ったトコ。透君が遅刻魔なのは今に始まったことじゃない。
それにこの胸のドキドキを収めるには、少しぐらい時間があったほうがいい。

ジー ジー

今日は透君と初デートだ。やっとお互いの時間に余裕ができて、川沿いを少し歩きに行かないかということになったのだ。
初デート
なんて甘い響きだろう。透君とそんな約束をしてから、僕は眠れぬ毎日を過ごしていた。妙に胸がドキドキして興奮してしまって寝るという気にならなかったのだ。

ジーワ ジーワ ジー

この数ヶ月で僕と透君の関係は大きく変わってしまった。家が近くの幼馴染から恋人へ。
改めて考えると、すごい変化だ。でも、僕は前から...それこそ小学校の頃から透君に淡い想いを抱いていたし、透君も...その...僕を好きだって思ってくれていたのなら、そういう関係になるのも必然だったのかもしれない。大好きな人と恋人同士なんて、これ以上に幸せなことなんてない。

ジーワ ジーワ ジー

もう一度時計を見る。15分...なら、まだ透君ならありうるな。木陰の下にいても、気温の高さには逆らえない。それに今日は風があまりなくて、いくら木陰といえども暑いものは暑い。
僕は木に寄りかかって一息ついた。鞄の中からタオルを取り出して、顔を拭う。
汗、びっしょりだ。

ジーワジー

「悪い! 修也!!」
透君が向こうの方から走ってくる。
「透君!!」
笑顔で手を振ろうとして、目の前がぐらついた。あ、あれ。だけど、軽い眩暈だけで、また視界はもとにもどった。たいしたことないみたい。
それより透君だ。僕の大好きな透君。
「ちょっと支度に手間取った。 ...昨日、眠れなかったし」
少し顔を赤くしながら透君が言った。もうその言葉だけで遅刻したことなんか忘れちゃうよ。
「いいよ、早く行こう! ここ暑いんだもん」
「そうだな」
そう言って目の前に差し出された手を思わず見つめてしまう。
「どうした?」
ぼんやりとそのまま見つめ続ける。
「いいだろ、このくらい。 ...だめか?」
本当に僕は幸せものだ。そっと指先に触れると、強い力で掌に包み込まれた。
透君、大好き。

待ち合わせ場所から川はすぐそこで。川までの道程、川についてからも僕らは手を繋いだままだった。川原道を話しながら歩いて、テトラポッドに並んで座った。そこで始めて手を離す。名残惜しくて、掌を開いたり閉じたりしてみる。
『友達で一緒に遊んでる時は楽しかったんだけど、付き合ってみたらイマイチで』
僕は...そんなことない。隣の透君を見ると、僕を優しく見つめていた。付き合い始めてしばらく、透君がこんな目で僕を見つめていてくれるのに気づいた。昔からそうだった...? 
気づかなかっただけ?
「なんだよ、そんな目で見てるとキスするぞ?」
「え!? だ、だめだよ、外でなんか!」
「外じゃなきゃいいのか?」
「....むぅ」
「少しだけ」
軽く唇と唇が触れ合ってすぐに離れた。僕の胸はすごく暖かくなる。照れかくしに笑うと、透君が僕の頭を乱暴に撫でた。そんな手の感触さえも大好きだ。
「覚えてるか、修也。昔、俺らが小さい時ここに来ようとして迷ったこと」
透君が呟いた。
「あんときは春だったけどさ」
忘れるわけはない。小さな頃は透君はどこか怖い存在で、でも大好きで、うまくそれを伝えられなくて。
そんなもどかしい気持ちを抱いて毎日遊んでいた。そんな僕が透君を怖いと思わなくなったのがその日だったのだから。
泣き出す僕を慰めてくれて、優しく接してくれて。
もう大好きでたまらなくなったのがあの日からだった。
「もちろんだよ」
透君が照れたように笑った。
「でも、勇気を出してよかった。ってか、俺が気持ちを隠しておくのが限界だったってこともあるんだけど。
告白したから今があるんだよな。そう思うと...本当によかった」
「僕も透君が告白してくれてよかった...なんて」
二人で目を合わせて笑って、近くにある手と手を握り合った。
と、突然、ぼんやりと目の前が霞んでくるのと同時に...軽い吐き気と頭の重さが僕を襲ってきた。
「修也?」
透君の声が膜を張られたように聞こえる。
「お前具合悪いのか?」
「え...?」
さっと目の前が真っ暗になり、僕はそのまま地面に倒れ...
がしっ
いや、透君が支えてくれたようで頭に人肌を感じた。
「今日、暑いからな」
待ち合わせの時の目眩を思い出す。
「ここじゃ日が当たるな。負ぶされ...って動けるか?」
滲んだ視界の中で透君の背中が見えた。
「わるい...よ」
「んなこと言ってる場合か!」
ぐいっと腕を掴まれて、透君の首に絡められる。
「力はいんないと思うけど、しっかり掴まってろ」
テトラポッドの川縁から近くの木陰に降ろしてくれた。日の光が遮られるからか、さっきよりはずっと涼しい。
「ほい、お茶」
手にペットボトルを渡してもらって、一口二口と口に運ぶ。喉から準々と力が戻っていくようだ。
「ごめんね。軽い貧血...だと...おもう。僕もあんまり眠れ...なくて...朝、暑かった...から」
「俺、遅刻したから」
「関係ないよ。僕は透君が...デート楽しみで...眠れなかったって...嬉しかった」
「修也」
透君の手がそっと僕の髪をかき揚げた。男の子らしい節のはっきりした手だ。
「ごめんね...。折角のデートなのに」
「いいよ。これが最後のデートってわけじゃないんだしな」
透君は小さく笑っていた。
「それより寝てろ。俺はお前の寝顔見てるから」
「はずかしい...よぉ」
「いいからいいから」
ゆっくりゆっくりと...僕の頭を撫でてくれる透君の手。
その感触の心地よさに僕は次第に眠りへと誘われていった。


ぬるい空気が頬を撫でていった。夏独特の騒がしさは形を潜めている。
「んっ...」
まだ頭はぼんやりするものの、ずっと気分の良くなった僕は目を開けた。川が夕陽を映して赤く光っている。
透君は僕を見下ろすように傍らで、すぅすぅと眠っていた。手を伸ばして透君の髪を撫でた。
少し前だってこうして触れられる距離にいた。
けれどあの時と今じゃ、まるで違うんだ。自然と頬が緩むのを感じた。昔も今も透君を好きなことには変わりないけれど絶対今の方がもっと大好きだって言える。
「...目、醒めたのか?」
「透君もね」
「大分顔色良くなったな。安心した」
「透君のおかげ」

透君は微笑んだ。
「なんかな...幸せな気分だった。修也の寝顔見て、こうして時間過ごせるのがさ。
  お前が具合悪くなったのが良かったって意味じゃないからな」
「わかってるよ」
少し拗ねた様に笑うと、上からふんわりとキスが落ちてきた。
「これからもこうして時間重ねていけるんだよな」
「うん」
堪えきれないように透君が笑った。
「そろそろ帰るか。いつまでもこんなところにいても仕方ないし。ほら、手」
透君が僕を起こしてくれて、でも、手は繋いだままで二人で来た道を帰っていく。
「次はいつ会える?」
「いつでも。いつも忙しいのは透君の方なんだから」
「はは、悪いって。もっと修也といれる時間作れるようにするよ」
「ありがと」
幸せな気持ちが胸に広がっていく。
今日こうして過ごして、もっともっと透君のことが好きになっちゃった。
たくさん会ってたらいつか胸が破裂しちゃうかもしれない...なんてね。
「透君、大好き」
「俺も大好きだよ」
繋いだ掌が温かい。透君を好きにならせてくれたきっかけの掌だ。
ぎゅっと握って想いを確かめる。うん、大好きだよ。




(あとがき)
蜜月の二人って書いていて恥ずかしい。もうなんていうか恥ずかしい。
二人の想い合う様子を書きたかったんですが、内容が無いよう(笑)な気も;;