うっそうと茂る木々を掻き分けて、俺は山の中を突き進んだ。もう随分と登ってきたが、目的の家は見つからない。いくら仕事とはいえ、少し気が滅入ってきた。
「ありませんでした…というわけにはいかないか」
人っ子一人いない山での溜息は、余計に俺を 寂しくさせる。
「…あれか?」
目的地を見つけた。が、家主がいなくなって 随分経つのか、家はひどく荒れている。
「…本当にいるんだろうな。」

* * *

「失礼しますよー」
どうせ誰もいないのだろうと躊躇いもせず、扉を開ける。予想通り家主の姿は無く、目の前には埃っぽい部屋が広がっていた。部屋の真ん中には古びた椅子が見える。椅子の上に何かあるようだが、どうにも暗くてはっきりしない。俺は荷物からランプを取り出した。
「うわっ…」
椅子の上にあったのは足のない人形だった。
とても精巧に作られていて、美しい。
「びっくりしたぞ、おい」
俺はおそるおそる人形に近づいた。近くで見ると、ますますその美しさがはっきりとする。
「肌、白いな」
そっと首元に触れてみた。まるで本当の人間のような感触の中に、硬質な物がある。
「ん?」
探るように触れると、少し窪んだ。
カチリ
「あっ」

ウィィィン…

重低音とともにその人形は目を醒ました。 硝子玉の様な無垢な瞳には俺が映っている。
そこにいたのは麗しい美少女だった。
「…おはようございます、主人(マスター)」
少女はにっこりと笑った。
「驚いた、随分初期の人造人間だな。 見ての通り、俺は君の主人じゃないよ」
俺は彼女を眺める。そりゃあ、この家主のこ とを考えれば、古い型の人造人間があっても おかしくはないのだが。
「主人は…?」
「さあな」
「…。今は、いつですか?」
俺が今の年月を伝えると、少女は自分の電源 が切られたのはそれから3年も前のことだ という。
3年も前?
その間、主人は一体ど うしてたんだ?
「貴方は誰ですか?」
もっともな質問だ。俺は苦笑いをする。
「んー、この辺を捜しに来た探索者ってとこかな。怪しいモンじゃないと思うよ」
こんな曖昧な答え方で、正確さを重んじる人 造人間が納得するだろうか。
しかし、目の前 の少女が気に留めている様子はない。
「私は、リータといいます。物語を紡ぎ、語るために造られた人造人間です」

* * *

俺はリータをそのままにし、一通り家を見て 回った。家の中はどこもかしこも荒れていた。
それは手入れをしなかった故の荒れもある ようだが、どうやらそれだけではないように 思えた。
二階のある部屋では不自然な紅い染 みも見つけた。
少なくともリータが電源を切 られたという3年前から、主人はこの家には いないようだった。

* * *

「リータ、主人との記録を見せてくれないか」
「主人との…ですか?」
「あぁ。でも、できれば最近のがいいな。電源が切られる直前の記録は?」
「あります。再生しますね」
リータは目を閉じた。ガガッという雑音の中、 声が聞こえてくる。

『リータ、リータ』
『何ですか? 主人』
『……メンテナンス。だから、電源を切るよ』
『メンテナンス…ですか』
『随分と長い間起動させていたからね。そろそろ見ておかないと心配だよ』
『現在、著しい異常は見られません。大丈夫です』
『でも、リータが急に倒れでもしたら僕は耐えられないよ。ちょこちょこっと見てみるだけさ。すぐにまた起動させるよ』
『はい、主人』

ドンッ ドンッ
主人が何かを言った様だが、外の轟音でかき 消された。
……轟音?

『………。リータ、じゃあ電源を切るよ。 しばらくおやすみ』
『おやすみなさい、主人』
『……じゃあね、リータ』

再度、雑音が混ざり、リータがゆっくりと目 を開く。
「これが主人との最後の記録です」
俺は深い溜息をついた。
「ありがとう、リータ」
彼女は優しく笑った。
「そうだ。気になっていたんだが君に足がないのはもとから?」
「はい。起動時から私の足はこのままです」
家の中を見た限り、この家に残っている人造 人間はリータだけのようだ。
「この家には他にも人造人間がいたみたいだね」
「はい、たくさん。歌をうたう為に造られた子もいます」
「その子には…?」
「足ですか? あります。足がないのは私だけなんです」

何故、主人は彼女に足を造らなかったのか


* * *

ここまでの道程と家の捜索で、俺はすっかり 疲れてしまっていた。 傍らにはリータがいる。
「君は物語を紡ぐ人造人間なんだよな」
「はい。何かお話しましょうか?」
「お願いできるかい? 主人が好きだった話なんかを」
「はい」
椅子の上の少女は嬉しそうに微笑んだ。
『ここは月晶という雪国。一年中を通して雪が降り続け…』
出会った時から思っていたが、彼女の声は心地いい。
彼女は人工物なのだから、そういう設定をされているといえばそれまでなのだが…。
これはあくまで俺の憶測だが、見目麗しい少女が心地よい声で、物語を紡ぐ…それは主人にとって至福の時であったのではないだろうか。

…どうしても失いたくないほどに。

『それからもくまとうさぎは仲良く暮らしました。でも、二人は以前より仲良くなったのです』
物語を語る彼女は幸せそうだった。
俺は彼女に礼を言った。彼女も会釈をして答 えた。

* * *

俺はもう一度、家を見て回った。 上に報告するには確固たる証拠が必要だか らだ。

今、この国では人と人造人間の間に不穏な空気が流れている。じきに大きな戦争になるだろう。
俺はお偉いさんの依頼で、人造人間の発明者『主人』を捜しに来た。
主人を見つけ、軍の参謀に迎えるように手はずを整えるのが俺の仕事だ。
しかし、主人の生存確率の低さは出発前に聞かされていた。人にとっても人造人間にとっても主人は脅威だからだ。
こうして今、主人の家の惨状を見、リータの記録を聞き、おおよその見当はついた。
やったのはどっちなんだろうな。

* * *

主人の部屋。机の上に書き散らかした設計図がばら撒かれ、椅子は無造作に転がっている。
そういえば、初めてこの部屋に来たとき、開かない引き出しがあった。
そのときは立て付けが悪いのかと、特に気にも留めなかったが、何か重要なものがあるのかもしれない。
もう一度、引き出しに手を掛けてみたが、びくともしない。
俺は銃を取り出して、引き出しを撃つ。
そこを開けると、あったのは一対の足だった。すらりとした白く細い足。
誰のものかなど考えずともわかった。
「造ってあるじゃないか」
長い間そこにしまってあったらしく、足は埃 をかぶっていた。そっと持ち上げて、眺める。
「造りも申し分ない。はめこめばすぐに動くな」
主人はこれをいつか着けようと思っていた のだろうか。それともずっとこの家に隠して おくつもりだったのだろうか。
俺は引き出しを閉じ、リータのいる一階へと 向かった。

* * *

「リータはいつも主人と二人だったのか?」
「主人は私たちをお造りになると、しばらくお側に置いて、それから街に向かわせました。 人と交流することが私たちにはい
いことだろうと」
「でも、リータ。君はずっとここにいたんだろう?」
「えぇ。私は起動した時から足が無かったので」
「そのことを疑問に思ったことは?」
「……」
「外に出たいとは?」
「私には椅子から見えるこの景色が私の世界でした。主人は優しい方でした。私は主人にお話をするのが好きでした。
それを不満に思ったことはありません。主人が私を必要としていただけるのなら、お側にいたいと思っていました」
いつもながら、人造人間の感情の豊かさには 感心する。
「…主人は…どうしてしまったのでしょうか」
彼女が真相を気づいているのか否か、俺には わからなかった。俺の中にある推測を話すに は彼女の主人への想いが強すぎるように思 えた。所詮、機械でしかないといっても、彼女ならきっと顔を歪めるのだろうと思ってしまったのだ。
どうして主人がわざわざ彼女の電源を切ったのか。今ならそれがわかる。

* * *

「これ…は?」
「君の足だ。主人の部屋にあったよ」
リータは自分の足を見つめている。
「俺は人造人間の整備士(リペアラー)だったんだ。だから、これを君につけることは容易だ。そうすれば、外へ自由に出られるだろう」
「自由…」
彼女には馴染みのない言葉なのだろう。口から発せられた言葉は力を持っていない。
彼女は造られてからずっと、ここにい続けたのだから。
「余計なことかもしれないけどな。君はここで主人を前のまま待つのかもしれないのに。そうすれば足はいらないだろう」
帰ってこない主人を。
「ただ、俺は外に出ることをお勧めする。ここにいるのはよくない」
とは言っても、彼女が外の世界に出ればこの家で何が行われたのか、これからこの国がどうなっていくのかを知ることになるのだろう。 しかし…
「何故ですか?」
「世の中いい人ばかりじゃないということさ」
彼女は首を傾げる。こんな麗しい彼女でも、人ならざるものだ。
このご時世、そんな彼女を排除しようというものが現れてもおかし くない。
彼女の主人がそうされたように。
「かといって、町に出るのも良くないな」
「じゃあ、どこにいけばいいんでしょう?」
彼女は笑った。俺もつられて笑った。
「とにかく俺はもう行くから、その前に一仕事していくよ。俺がしたいんだ。すぐ済むから我慢していてくれ」
「はい」
この作業が終われば、俺は事態の報告のため 山を降りることになる。
きっと、もう彼女に 会うことは無いだろう。 少し、寂しく思えた。

* * *

俺は彼女に足をつけてやった。
彼女は両の足をじっと見つめ、そして椅子から立ち上がった。ふらりふらりと、おぼつかない足取りでこちらに向かってくる。
「ありがとうございます」
「いえいえ。どうしたってかまわないが、くれぐれも気をつけろよ」
「はい」
彼女は微笑んだ。もう見ることの無い笑みだ。
しっかりと心に焼き付けておこう。
この場所で起きた出来事を。
彼女と過ごせたこのひとときを。
主人が愛しすぎてしまったこの人形、リータを。

俺はこの家での出来事を報告すべく、主人の家を後にした。


それから彼女がどうしたのかは知らない。


                【終】