『う〜ん、ちょっと被害妄想だぞ!す〜!もっと前向きに考えてあげなきゃ氷田君が可哀想。あ〜、もうすぐ二部だから行くね? ちゃんと寝てなよ〜』
友達はそう言うと、出て行った。彼女の言ったことを思い出しながら目を閉じる。ど の道暇なんだから寝てしまったほうがいい。 演技力のある人は周りに演技と気づかせずに日常生活を送れる。私はそう思う。普通の人ですらそ れができるんだから、演技力のある人は殊更わからないだろう。 そういう人の...例えば、藤堂要とかの本心を見抜けるかと問われると自信はない。 本心がわからない人と一緒にいることより怖いものはないとも思う。




バタン
演劇会を終えて、藤堂は自分の控え室に帰ってきた。 そして、驚いた。 自分の控え室で澄川さんがすやすや寝ている。と。 藤堂は少し思案し、ひとまず荷物だけ取ろうとした。
「...もう終わった?」
物音に気づいたのか、澄川は目を覚ました。 友達を探すように目を移ろわせ、そして、藤堂を視界に移した。
...明らかに顔をしかめた。




藤堂要が目の前にいた。
もともとこの控え室が氷田だけのものでないことはわかっていたが、まさか藤堂要が いるとは思わなかった。とにかく起きなくては...!
「すいません!体調を崩していたので」
慌てて起き上がり、藤堂要に謝罪する。
「気にしなくていいよ。大丈夫?」
「はい」
藤堂要は舞台の衣装そのままの出で立ちで、ドアの辺りに立ち尽くしていた。
「着替えるようなら、出て行きますので」
「いや、待ち合わせとかしているならここにいていいよ」
藤堂要は笑む。
「見に来てくれていたんだ」
「途中までですけど」
「どうだった? 演劇部、入りたくなった?」
「...すみません」
「うん。無理に誘うものじゃないしね」
「...」
「ただいま!」
私が声を上げようとすると、友達が帰ってきた。 後ろには氷田もいて、やっぱり舞台衣装だ。
「お疲れ様」
「あ、部長。帰ってたんですか?」
氷田が藤堂要を見つめる。心なしか声が刺々しい。
「うん。 生憎と去る人間には仕事は任されなくてね」
藤堂要はそんな氷田の態度を知ってか知らずか、微笑んで返す。
「澄川、部長に勧誘された??」
「ない。むしろ逆」
「逆?」
「なんでもない」
私はふぅと一息つく。
「帰る?」
私は友達を見上げる。
「うん。体、大丈夫?」
「ずっと寝ていたから平気」
起き上がり荷物を取って、氷田と藤堂要に会釈をする。
「有難う。おかげで随分楽になりました」
「いえいえ。最近、寒暖の差が激しいから風邪を引きやすいとは思うけど、気をつけてね」
「こんなことならお安い御用。文化祭の時にでもまた見にこいよ」
私はホールを出て、友達と歩き出す。
「いいなぁ、要先輩と話せた?」
「寝ていたし、大して。 でも、君が具合悪くなればよかったのかもね」
私が笑うと、友達はこづいてきた。
「あぁ、氷田君といい、要先輩といい、す〜の周りにはいいひとばっかりいる!  なのに、す〜は全く興味なしなわけね」
返事をせずにいると、友達は隣でわざとらしく溜息をつく。
「これまでそんな人はいなかったから」
「えぇ!? す〜、あまつさえ恋もしたことないの!?」
「憧れはあった。多分」
「うぅ、強敵だぞよ。氷田殿」
友達はぶつぶつと自分の世界に入ってしまった。 私はすっかり暗くなった空をゆっくりと見上げた。




「もう体調大丈夫?」
書架整理をしている私に藤堂要が声をかけてきた。
「はい、おかげ様で」
藤堂要に軽く会釈をして、新しい本を手に取る。どうして、丁寧に番号がふってある のにもとに戻さない人がいるのか。少し苛立ちながらも本を並べていく。
「あ、この本、面白いよね」
一冊の本を藤堂要が手に取った。それは私も好きな本だ。
「はい」
「澄川さんなら読んだ事あるだろうと思った」
藤堂要は微笑む。別に書架整理の邪魔になるわけではないが、落ち着かないのでどこ かに行って欲しい。
「澄川さんのおすすめの本ってある?」
私は藤堂要を見つめた。
「私の読んだ本なら、先輩も読んだことあると思いますが」
「試しに言ってみてよ」
藤堂要は引き下がらない。
「終わってからでもいいですか?」
「あ、仕事中だったね。ごめん。僕は向こうの机にいるから」
去っていく藤堂要に声をかける。
「..部活はいいんですか?」
ゆったりとした動きで藤堂要は振り返り、
「本当はもう引退してもいい時期なんだ。氷田君がいるのに、僕があんまり顔を出すようじゃ、部員の子達も困るだろうから」
苦笑ともとれるような笑みを浮かべた。
「演技はしたくないんですか?」
「澄川さん、心配してくれるの?」
藤堂要の笑顔に、私の顔は紅潮した。
「そんなつもりないです。ただ、演技好きそうなので」
「好き...だよ...うん。好きだ」
藤堂要の濁った口ぶりに首をかしげる。
「澄川さんも好きそうだよ、演劇。 そう云う目で見てる」
ぴくんと心臓が跳ねた。
「そんなことないです」
そうして無理やり言葉を切り、私は作業を再開した。




「こんにちは」
「あ、要先輩」
聞こえなかったふりをして、読書をする。
「澄川さんもこんにちは」
こういうとき、藤堂要の方が一枚上手だと感じる。私は渋々顔を上げ、挨拶をした。
「こんにちは」
「この前、紹介してくれた本、面白かったよ。ここに置いておくから」
あの定期演劇会の日以来、藤堂要は前にも増して図書室に来るようになった。そうし て、いつも図書室にいる私と二言三言会話をする。
「す〜、すっかり要先輩と仲良くなったね...」
私の脇で友達がぽつりと呟く。
「そんなことない」
「いや、別にムカついてるとかじゃなくて羨ましいなぁって。何かあったの?」
「特に何もない」
そう、特に何もないのによく話すようになった。会話の内容は他愛もないことだっ た。でも、藤堂要はよく演技の話も振ってきた。別に演劇部に誘われているわけじゃ ない。ただ、演技をしているときはこうだとかああだとか、そういう話だ。私は決ま ってそういう話になると、仕事があるといって会話を打ち切った。演劇についても演 技についても、誰かと会話したいとは思わない。
「やっぱり読書家で、もと演劇部だからかなぁ。このこの!」
友達は私の頬をつねる。私は笑った。殊に友達の前だと私はよく笑う。

「澄川〜!? お、やっぱいた!!」

バァンと、大きな音がして氷田が入ってきた。
「氷田、図書室では静かに」
「やっぱいたなぁ〜。いつもいるって聞いてたから」
「何の用?」
「そう!今度、この劇やることになったんだけど色々見ておきたいものがあって。  でも、俺普段図書室来ないからどこに何があるかわかんないんだ。澄川が案内してくれよ!」
「どれ?」
氷田の持っている紙を見て、大体の場所を思い出す。
「氷田君、要先輩来てるから聞いてみたら?」
友達がそう言うと、
「部長が?」
氷田は顔をしかめた。
「でも、図書室のことは澄川の方が詳しいだろ?」
「私、演劇は詳しくない」
「本の場所がわかればいいから、澄川でいいの!!」
氷田は無理やり私の手を取り、カウンターから引っ張り出した
「いってらっしゃい、す〜。カウンターはやっておくから」
友達は嬉しそうに手を振る。私は彼女に苦笑で返した。
「で!どこにあるの?」
手は繋いだままで、氷田が聞いてくる。
「こっち」
その手を振り払うと、私はすたすたと歩き出した。
「これでいいの?」
私が棚から本を取り出すと、
「そぉそぉ! ありがとな! 助かったぜ〜」
氷田は私の手から本を取って、笑った。
「内容の似た本はこのへんにあるから」
そう言って、去ろうとすると氷田に手をつかまれた。私は顔を傾げ、氷田を見つめた。
「ちょっと話してかない?」
「友達、待たせてる」
「いいじゃん、いいじゃん。ひさびさだし」
「毎日、クラスで会ってる」
「いいからいいから」
ぶんぶんと私の手を振り、氷田は私に向き合った。
「部長、マメに来んの?」
「わりと」
「会話してる?」
「別に」
「二人きりになったりとか…」
「藤堂要がどうかしたの?」
藤堂要について触れてくる氷田に、思い切って聞いてみる。
「そ、それはだな…」
氷田は口篭もり、そうして口を開いた。
「あれ? 氷田君」
途端、氷田がこけた。
「ぶ、部長!?」
「久しぶり...だね。 みんな元気?」
藤堂要はつかつかと歩いてきて、
「今度、やる劇の本かな」
と言って、氷田の手の中の本を見た。
「は、はい。みんなも元気です」
「あ、この劇なら...あっちにある本を参考にするといいよ。僕も中学のときにやったんだ」
氷田はぽかんとしていたが、すぐに渋い顔になった。
「あっちの本ですか...」
「案内するよ。そんなに厚い本じゃないから、すぐに読めると思うよ」
「いや、俺は澄川と...」
「あ!ごめん。話し途中だったか」
「...いえ」
氷田には珍しく、まごまごしている。
「その本、何て本ですか? 多分、わかると思います」
私がそう言うと、藤堂要は本の名前を言ってきた。やっぱり知ってる本だ。
というより、一度読んだことがある。私も中学の時に部活でやった劇で、参考にした ものだ。
「澄川さんもやったことがあるの?」
「一応…」
「へぇ! 何の役?」
私は端役の名を口にした。そのときは演劇が楽しくて楽しくて、そんな端役でも頑張 ろうと意気込んでいたものだ。
「話の要じゃないけど、大切な役だよね」
藤堂要は微笑む。 何となくつられて苦笑いをする。
「澄川!!」
図書室にしては大きな声で氷田が呼んだ。しっかりと私の手を握っている。
「氷田、声が大きい」
「その本! 案内して!」
「わかった。だから、もっと声を落として」
「僕も行こうか?」
藤堂要がそう言うと、
「結構です! 先輩は好きなことしてていいです!!」
氷田がずんずか私を引っ張っていった。
「痛い」
「わり!」
私がそう言うと、氷田はすぐに手を離した。
「それに、その本こっちじゃない」
「え? …それを先に言えよ」
「いい。持ってくるから」
氷田をすり抜けて、奥まった本棚に走る。棚に目を走らせ、目当てのものを見つけて 取る。
「手続きする。こっち来て」
カウンターに戻って、貸し出しの手続きを始める。
「ちゃんと話せた?」
友達が小声で聞いてくる。
「?」
「う〜〜〜ん」
「はい」
友達が唸っている側で、私は手続きを終えた。
「なぁ、澄川」
本を手に持ったまま、氷田が言う。
「俺もマメに図書室くるわ」
「何で?」
「本借りに...。 名目上」
「部活は?」
「少し遅れるとかで....」
「藤堂要は部活終わってから来てた」
他の部活に口を出すつもりはあまりないが、人の上に立つ部長がそれではいけない。
「っ...!」
「す〜!!」
唸っていた友達が、私に掴みかかった。 私が氷田の顔を伺おうとすると、
「こ、これ、ありがと!」
氷田がバタバタと出て行った。
「図書室では静かに」
走り去った背中に呟いた。友達は溜息をついている。
「そんなことじゃないでしょ...まったく。 す〜を取り巻く相関図がなんだか見えてきた気がするわ?」
どういう意味だ? 私は首をかしげた。
「あ...れ? 氷田君はもう帰っちゃったの?」
藤堂要が本を持って現れた。
「ちょっと色々ありまして」
友達が苦笑いしている。 このみんな知っています顔は何なんだろう。
「?」
「要先輩は貸し出しですか? やりますよ!」
「あ、ありがとう。お願いします」
藤堂要の微笑みに友達は幾分か顔を赤らめた。やっぱり好きなのだろうと思う。
「はい!またどーぞ」
「...ご贔屓にさせてもらってます」
友達の楽しそうな笑顔を見ていると、私の頬も緩んでくる。
「じゃ、また」
「はぁ〜、幸せ。 す〜が要先輩と仲良くなってくれたおかげで、私もちょっと話せるようになったんだ〜。嬉しい〜」
「もっと話せればいいのに」
「ね!?」