「澄川さん」
図書室に向かう廊下で藤堂要に呼び止められた。
「? 何ですか?」
「今度の日曜日とか、暇かな?」
「一応、空いていますが何か?」
「この劇、見に行かない? チケットもらったんだ」
「...?」
藤堂要が私と演劇を見に行く理由がない。
「劇を知っている子と見に行った方が面白いでしょう?」
「それなら同じ演劇部の子と...」
「確かに。それもそうだね」
藤堂要はハハハと笑った。
「誰でもいいなら私の友達と行って下さい。彼女はあまり演劇のことを知らないけれど」
「あの図書委員の子?」
「はい」
「そっかぁ」
そうすれば彼女と藤堂要に話す機会ができる。きっと彼女も喜ぶ。
「澄川!」
また五月蝿いのが来た。私はそう思って、図書室に行く足を速めた。
「待てよ、澄川!」
「なに?」
「と、こんにちは。部長」
氷田の視線はいつになく冷たい。明るいのが評判の氷田にはなかなか珍しい態度だ。
「いっつも澄川と話してるんですね」
藤堂要は何も言わない。
「今日は何の話だったんですか?」
「別に」
早く図書室に行きたい。もう藤堂要との話も終わったのだ。
「そのチケット...。 見に行くんですか?」
藤堂要の手の中のチケットを見つめる氷田。
「澄川と...見に行くつもりだったんですか?」
「そのつもりだったけど、振られちゃったよ」
藤堂要は微笑んだ。
「...んで。」
氷田は小声で何かを呟いた後、黙り込んだ。
「先輩、氷田、失礼します。もう図書室に行きたいので」
黙る二人を残して私は歩き出した。
「あ、借りたい本があるんだ。一緒に行ってもいいかな?」
「! お、俺も」
結局、二人は付いてきた。私はそんな二人を気にも留めず、図書室へ向かった。

「す〜。 わ、要先輩!こんにちはっ」
「こんにちは」
「あれ、氷田君も? こんにちは」
「おう」
きょとんとしていた友達は、しばらく私の顔を見つめた後、何かを思い出したようで
「あ」
と言った。
「す〜、今度の日曜空いてる??」
さっきと同じ質問が、今度は友達の口から出る。
「暇」
「新聞の懸賞、送ったら当たっちゃったんだぁ〜。じゃーーん」
さっき、藤堂要が持っていたチケットと同じものだ。
「す〜、元演劇部だからこういうのも好きかなぁって思って。一緒に見に行かない!? あれ? どしたの、す〜」
「いや」
藤堂要はしたり顔で笑った。
「ほら、これ」
藤堂要は友達の持っているものとそっくり同じチケットを見せた。
「え? わっ!!」
「君たちも行くなら僕も一緒に行っていい? 席は自由席だから隣にでも座ろうよ」
こう言われてしまったら断れない。友達は夢の提案とでも言うように、目を輝かせている。
「す〜?」
上目遣いで私を見上げてくる友達。私はあさっての方向へ視線を向け、溜息をつく。
「いいよ」
「ありがと〜!」
ぎゅっと抱きつかれて、苦笑いするしかない。
「部長」
「うん?」
「チケット、一枚あまってるってことですよね?」
「そう...なるね」
「澄川、俺も一緒に行っていい?」
私は友達を見る。友達の頬は紅潮していて、もうそれどころではないという感じだ。
「え? 私はかまわないよ〜!」
「先輩、そのチケット俺に下さい」
氷田は笑う藤堂要の手からチケットを奪い取った。
「じゃあ、日曜日だね。楽しみにしてる。 氷田君、話があるからちょっと来て」
藤堂要は氷田を連れて、奥まった本棚へと向かった。
「どうしよう!! 何着ていこう!? す〜!! 最近、幸せすぎて困るよ!!」
「図書室では静かに」
どんどん声量の上がっていく友達を宥める。
「だって、だって〜〜〜〜〜!!」
「よかったね。当日は気をつけるから」
私が微笑むと、友達はもう一回ぎゅうと抱きついてきた。


「ねぇ、氷田君。何か誤解していない?」
「誤解? 何のことですか?」
「僕は...その。君が澄川さんに抱いているような気持ちを彼女に持っていないよ」
「...。 じゃあ、何で誘ったりするんですか」
氷田は真剣な面持ちで目の前の棚に寄りかかった。
「彼女について知りたいことがあるんだ」
藤堂は氷田に背を向け、曇っている空を見上げた。校庭に面していないこの場所では、住宅街とわずかに車の通る道路ぐらいしか見えない。
「でも、ある程度仲良くないと教えてもらえないようなことだと、思う。 ほら、仲の良い友達にしか言えないことってあるから」
氷田は首を傾げた。
「それさえ知れれば、僕はもう彼女に近づかない。その理由がない」
藤堂は振り返って、氷田に微笑んだ。
「君から彼女を奪おうなんて思っていない」
「知りたいことって何なんですか?」
「言えない。それは僕にとって『仲良くなくては言えない事』だから」
氷田は眉を寄せ、黙り込んだ。
「そういうことだから。あんなにあからさまに敵意を剥き出しにされたら、いくら僕でも傷付くよ。それじゃあ」
藤堂は微笑を絶やさない。
「なんなんだよっ...」
氷田は頭を抱え、座り込んだ。